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存在しないロシアゲートを宣伝する米国は軍事侵略やクーデター…選挙にも介入《櫻井 - 七転八起Shichitenhakki

2018/02/19 (Mon) 13:53:03


存在しないロシアゲートを宣伝する米国は軍事侵略やクーデターだけでなく選挙にも介入してきた 《櫻井ジャーナル》
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201802190000/





13名のロシア人とロシアの3機関を起訴するとロバート・ムラー特別検察官は2月16日に発表したが、起訴状の中身は空っぽと言える代物だった。NSA史上最高の分析官のひとりと言われているウィリアム・ビニーが早い段階から指摘しているように、もしロシアゲートなるものが存在しているならNSAは証拠を持っているので調査は不要、つまり特別検察官を任命する必要はなかった。つまり、ムラーが特別検察官になった段階でこの疑惑がインチキだと言うことははっきりしていたと言える。



ロシアゲート事件はインチキだが、アメリカ政府は世界中で選挙に介入してきた。それだけでなく軍事侵略、軍事クーデター、1980年代からは傭兵を使った侵略を繰り返している。



第2次世界大戦後に行われた有名なクーデターだけでも1953年のイラン、54年のグアテマラ、60年のコンゴ、64年のボリビア、ブラジル、66年のガーナ、71年のボリビア、73年のチリなどがすぐ頭に浮かぶ。



そのほか、1961年には亡命キューバ人を使ってキューバへの軍事侵攻を試み、79年から89年にかけてはアフガニスタンで秘密工作を実施、81年から87年にかけてはニカラグアの革命政権を倒すために前政権の戦闘員を使ってコントラを編成して攻撃している。1960年代から80年代にかけてのイタリアではCIAを黒幕とする極左を装った爆弾攻撃(テロ)が繰り返された。その工作を実行したのがNATOの秘密部隊のひとつグラディオだ。



このイタリアは戦略上、重要な位置を占めているのだが、コミュニストの影響力が強い国でもあった。第2次世界大戦中、西ヨーロッパでファシストと戦ったのはレジスタンスで、その中心はコミュニスト。そうしたこともあり、1948年に予定されていたイタリアの総選挙ではコミュニストが優位だと見られていた。そこでアメリカ政府は総選挙に介入している。



その際、創設から間もないCIAが重要な役割を果たした。その工作資金1000万ドルを洗浄するため、無数の銀行口座を経由させている。その資金はドイツがヨーロッパで略奪した財宝、いわゆるナチゴールドの一部が使われたという。



ローマ教皇庁のフランシス・スペルマン枢機卿によると、アメリカ政府は密かに、「イタリアにおける多額の『裏金』をカトリック教会に流していた」。(クリストファー・シンプソン著、松尾弌之訳『冷戦に憑かれた亡者たち』時事通信社、1994年)



このスペルマンの高弟だというブルーノ・ビッター(ビッテル)という神父が日本で活動していた。朝日ソノラマが1973年に出した『マッカーサーの涙/ブルーノ・ビッテル神父にきく』によると、GHQ/SCAPの内部で高まっていた靖国神社を焼き払えとい意見を押さえ込んだのがビッターだという。



ビッターは日本で闇ドルを扱っていたことでも知られ、その資金がリチャード・ニクソンを副大統領にするために使われたとも言われている。副大統領になった最初の年、1953年にニクソンは日本を訪れている。月刊誌「真相」の1954年4月号によると、日本でニクソンはバンク・オブ・アメリカ東京支店の副支店長を大使館官邸に呼びつけて「厳重な帳簿検査と細かい工作指示を与え」ているが、この会談にビッターも同席していたという。



その会談の後、霊友会の闇ドル事件にからんでビッターは逮捕された。外遊した同会の小谷喜美会長に対し、法律に違反して5000ドルを仲介した容疑だった。当時の日本人エリートは海外旅行する際、日本カトリック教団本部四谷教会のビッターを介して闇ドルを入手していたとされている。



この事件を掘り下げていくとCIAの秘密工作やアメリカ政界の暗部が浮かび上がる可能性がある。そこで、ビッターが逮捕された際に押収された書類はふたりのアメリカ人が警視庁から持ち去り、闇ドルに関する捜査は打ち切りになってしまった。秘密裏に犬養健法相が指揮権を発動したと言われている。



オーストラリアで労働党のゴウ・ウイットラム政権がアメリカに潰されたことも知られている。1972年12月の総選挙で労働党が大勝したことで成立したのだが、ウイットラム首相は自国の対外情報機関ASISに対し、CIAとの協力関係を断つように命令した。1973年9月にチリで実行されたオーグスト・ピノチェトのクーデターで社会党のサルバドール・アジェンデ政権を倒しているが、ジャーナリストのデイビッド・レイによると、チリでASISがCIAと共同でアジェンデ政権を崩壊させる工作を展開していたことをウイットラムが知っていたことを示す文書が存在するという。(David Leigh, "The Wilson Plot," Pantheon, 1988)



1973年3月にウイットラム政権の司法長官は情報を政府に隠しているという理由で、対内情報機関ASIOの事務所を捜索、翌年8月には情報機関を調査するための委員会を設置している。(前掲書)



こうした動きに危機感を抱いたCIAは1975年11月、イギリス女王エリザベス2世の総督、ジョン・カー卿を動かし、ウイットラム首相を解任してしまう。ジョナサン・ウイットニーによると、カーは第2次世界大戦中の1944年、オーストラリア政府の命令でアメリカへ派遣され、CIAの前身であるOSSと一緒に仕事をしている。大戦後はCIAときわめて深い関係にあった。(Jonathan Kwitny, "The Crimes of Patriots," Norton, 1987)


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